“The Lusitania Murders”
引き続き、ヴァン・ダインと「大量死理論」について。
戦争の予兆に真っ先に反応するのは、株屋だという話があります。同じように、戦争の惨禍が残した空気を肌に感じて、それを言葉にするのも戦場の兵士だけとは限らない。むしろ戦争の当事者の方が、トラウマの深い分、短期的には失語状態に陥りがちなものです。
手前味噌を承知で敷衍すれば、ヴァン・ダインという男がヨーロッパかぶれのいかがわしいサギ師的な人物だったからこそ、「リアルなもの」の一端を盗み見て、それを我が物のようにかすめ取ることができたという側面もあるのではないでしょうか(NYのアンダーグラウンド・シーンからスタイルを拝借して、イギリスにパンク・ムーブメントを根づかせたマルコム・マクラレンのように)。当然、晩年のヴァン・ダインは手痛いしっぺ返しを受けることになりますが、これはノワールの小悪党がたどる運命と似たところがあります。
ところで、歴史ミステリの大家M・A・コリンズは“The Lusitania Murders”(2002)で、批評家時代のW・H・ライトを描いているそうです。不勉強で原書は読んでいないのですが、1915年、秘密任務を帯びたライトがドイツ軍に撃沈されたイギリス客船ルシタニア号に乗船していた、という設定の作品らしい。これがフィクションでなければ「大量死理論」の強力な援軍になりますが、さすがにそんなことはないでしょう。ただ、M・A・コリンズのことですから、嘘八百を並べるにしても、何らかの史実に基づいたエクスキューズを用意しているはずです。
まあ、実際の作品を読まないでうかつなことは言えません。それでもやはり、M・A・コリンズのような手練れの作家の想像力を刺激する「何か」が、ヴァン・ダインと第一次世界大戦の間にありそうな気はします。ですから、扶桑社は何としても「大惨事シリーズ」の翻訳を続けてほしい!
- 作者: Max Allan Collins
- 出版社/メーカー: Berkley
- 発売日: 2002/11/01
- メディア: マスマーケット
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