フィリップ・マクドナルドの戦争小説
フィリップ・マクドナルドの新刊『生ける死者に眠りを』(論創社)に「技巧派作家の『秘められた傷』」という解説を書きました。その中で未訳の戦争小説Patrol(1927)と、ハリウッドで映画化された「肉弾鬼中隊」(1934)について触れたのですが、後になって小熊文彦氏が「ミステリマガジン」連載の『彼らもまた忘れられた』(第15回)でマクドナルドを取り上げているのに気がつきました(2000年6月号)。「肉弾鬼中隊」に関する興味深い指摘があるので、この機会に引用させていただきます。
ただ、映画の一対五の対決シーンが、五年後に作られる「駅馬車」のジョン・ウェイン対三人のあのシーンと似ていること、そして両者が窮地に追いこまれた人々を描く群像劇であることは、ミステリと映画の好きな方々の記憶に留めてもらいたいことと思う。ダドリー・ニコルズが「駅馬車」の脚本を書くに際し、「肉弾鬼中隊」のシナリオ執筆の経験がそこここで役に立ったと考えるなら、フィリップ・マクドナルドは、「駅馬車」の御先祖様と呼んでいい存在になるのだ。
おそらくマクドナルドの作劇能力は、多彩な人物を限られた舞台に絞りこんで物語を進めるとき、もっともよく働くようにできていたのだろう。『迷路』と『Xに対する逮捕状』を比べてみても、ロンドンのあちらこちらに舞台を広げた後者より、ある実業家の屋敷で起きた殺人事件をその場にいた十人の男女の証言で再現していく前者のほうがずっと面白いし、「禁断の惑星」の小説化の声がかかったのも、その絞りこみ作法の確かさを知る人が多かったからにちがいない(「禁断の惑星」もよく見れば、限られた舞台での絶体絶命型群像劇に属する)。
ちなみに、『迷路』が掲載されたときの本誌の解説文によると、マクドナルドは余生をマリブの近くの「映画界退職者の家」(老人ホームのようなものだろう)で送り、過去の本格ミステリを「時代遅れじゃありませんか」と否定していたそうだ。そして、むしろ短篇のほうを高く自己評価し、自分の最高作には『偵察隊』をあげたという。
最後の引用文中に「本誌」とあるのは、『迷路』(解決篇)が掲載された「ミステリマガジン」1981年8月号のこと。『偵察隊』というのは、Patrolの訳題(仮)です。
余談のついでに、もうひとつ与太話を。ピーター・コリンソン監督による映画「そして誰もいなくなった」(1974)の舞台が「砂漠のホテル」に改変されているのは、ルネ・クレール版「そして誰もいなくなった」(1945)の脚本を書いたダドリー・ニコルズと「肉弾鬼中隊」へのオマージュではないか……という仮説を立てたのですが、肝心の映画を見ていないので、解説には書きませんでした。いつか暇ができたら、比べてみようと思っています。
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- 作者: 小熊文彦
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クリエイターズ・ネスト@Bar Liseur
ひさびさに告知です。
「Creator’s NEST」というイベントのゲストに呼んでいただきました。
日時:1月10日(日)16:00〜(15:30開場)
場所:文学バー Bar Liseur@大阪南船場
詳細はこちらで Bar Liseur
第53回クリエイターズ・ネストのゲストは、法月綸太郎さんです。 綾辻行人さんや我孫子武丸さんも在籍していた、伝統ある京大ミス研出身の法月さん。1988年に「密閉教室」でデビューすると、 新本格ミステリの旗手として、数々の名推理小説を発表されてきました。 エラリー・クイーンの心酔者としても知られる法月さん、どんなお話をお聞かせくださるのか、とても楽しみです。
「没後60年 中城ふみ子と中井英夫」展@小樽文学館
小樽文学館で「没後60年 中城ふみ子と中井英夫展」が9月7日まで開催しています。
(小樽文学館 「中城ふみ子と中井英夫展」) http://otarubungakusha.com/exhibition/2014051421
今冬の中井英夫展に引き続き、嬉しい企画です。
若き日に短歌雑誌の編集者として多くの新人を見いだした中井英夫ですが、今回の展覧会では、「短歌研究」第1回五十首詠の入選者として世に送りだした中城ふみ子との展示です(中城ふみ子がメインですが、中城が短命のため分量的には半々になる)。
展示内容ですが、中城ふみ子と中井英夫の往復書簡が圧巻。
往復書簡の内容は東京創元社の創元ライブラリ版の中井英夫全集の『黒衣の短歌史』に収録されていますが、今回は、全集には未収録の中井英夫宛て中城ふみ子のハガキ(昭和29年6月20日)が展示されています。
最近、古書店に出ていたものを中城ふみ子の出身地の帯広市図書館が購入したもので、中井が中城の名字の読み方を訊ねたことに対して中城が「『なかじょう ふみ子』です。」と答えています。
また、中井は手紙に絵をちまっと書き込んでいて、実物を読むのが楽しいです。
中城ふみ子の展示はノート稿、原稿、ゲラ刷り等の他幼少期から晩年までの写真が展示。
中井英夫の展示は、短歌編集者の側面を中心に構成され、前回の中井英夫展で展示されたものもありますが(寺山修司のハガキは何度みても見応えがある)、前回なかったものもあり、中でも中井宛て若月彰(中城の評伝『乳房よ永遠なれ』を執筆した時事新報の記者)からの昭和29年7月27日付け至急電報(ウナ電)が印象深かったです。
ウナ電の実物を見るのは初めてで、本当に「ウナ」と打ってあるのですね。
「フミコキトクスクユケ」
電報だからたったこれだけの文字です。
この後、中井英夫は7月29日に札幌医大病院に中城を見舞い、8月1日に列車で帰路につき2日に帰京、8月3日に中城は亡くなります。中井と中城の言葉を尽くした書簡のやりとりの合間に、短いカタカナが時間を断ち切るかのように入り込んだような気がしました。
今回、探偵小説研究会の「CRITICA」8号 特集 中井英夫没後20年 (1部千円)を小樽文学館で委託販売していただいています。
小樽観光の折りにはお手に取っていただけたら幸いです。
(「CRITICA」8号内容) http://www.geocities.co.jp/tanteishosetu_kenkyukai/critica_08.html
ふたたび謎解きの世界@ゲンロンカフェ
3月14日(金)、五反田のゲンロンカフェで、東浩紀氏と対談することになりました。詳しくはこちらの告知を参照 →法月綸太郎×東浩紀「ふたたび謎解きの世界――名探偵と愛のゆくえ」
東氏とは以前、「謎解きの世界」というタイトルで、エラリー・クイーンについて対話したことがあります。この対話は『サイバースペースはなぜそう呼ばれるか+』(河出文庫)に収録されていますが、今回の対談ではそこでの議論も引き継ぎながら、『セカイからもっと近くに――現実から切り離された文学の諸問題』(東京創元社)の第二章「法月綸太郎と恋愛の問題」で提示された新たな問題に応答することになるでしょう。
(ちょっとだけ予告。クイーンのデビュー作『ローマ帽子の謎』の序文に、その後の作品史から消去された「エラリー・クイーン夫人」に関する記述があることの意味を、あらためて考えてみようと思います)
セカイからもっと近くに (現実から切り離された文学の諸問題) (キー・ライブラリー)
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サイバースペースはなぜそう呼ばれるか+ 東浩紀アーカイブス2 (河出文庫)
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ノックスの十戒
1月30日、芳林堂書店高田馬場店にて催されたトークショー&サイン会 〜『ノックス・マシン』のつくり方〜 に来ていただいた皆さん、それにトークショーのお相手を務めてくださった杉江松恋さん、どうもありがとうございました。
そのトークショーの場で、「学生時代、広島修道大学ミステリ研の機関誌で、ノックスの十戒のパロディを読んだことがある」と発言したのですが、なにぶん30年前のことなので、後からだんだん記憶が怪しくなってきました。「ノックスの十戒をすべて破る」というネタの作品を読んだのはまちがいないのですが、もしかしたら他大学のミステリ研の機関誌だったかもしれません。記憶違いだったら訂正しますので、正確な情報をご存じの方は、お知らせください。
「謎解きLIVE 英国式ウイークエンド殺人事件」
「推理倶楽部CATS」というところから、謎の招待状が届いた。ロンドン郊外の元貴族の屋敷で起こった連続殺人事件の犯人を推理してほしいという。
「謎解きLIVE 英国式ウイークエンド殺人事件」
NHK BSプレミアム 12月7日(土)午後9時〜/12月8日(日)午後11時〜
事前情報をまったく聞いてないため、スタジオ出演者といえども、立場は完全に視聴者と同じ。しかもぶっつけ本番の生放送なので、ロジャー・シェリンガム、もしくはモース警部さながらの迷探偵ぶりを披露してしまう可能性が大きいのですが……。
はたしてどうなることやら。不安をおぼえつつ――乞うご期待!
没後20年 中井英夫展@小樽文学館 つづき
もうすぐ『虚無への供物』の開幕もしくは中井英夫の命日の12月10日です。
現在、小樽文学館で開催中の「没後20年 中井英夫展」を見てきました。(2014年1月13日まで)
http://otarubungakusha.com/exhibition/201304804
中井英夫の生涯を辿りながら、交流のあった作家の書簡や献呈本、写真、雑誌等の資料を展示して、昭和の文学史を中井視点で俯瞰できるもので、中井英夫愛読者以外にもお勧めです。
特に乱歩の『孤島の鬼』(紋別市郷土博物館所蔵)の生原稿と竹中英太郎の挿絵(竹中英太郎記念館所蔵)がセットで公開されるのは、めったにない機会だと思います。
というか、そもそも『孤島の鬼』の原稿が東京で公開されたことはあるのでしょうか?
ちなみに、中井英夫と北海道との縁については、本日12月3日付け読売新聞掲載の「届かなかった乱歩への「供物」 没後20年 中井英夫展に寄せて」(本多正一)の中で書かれています。
私が訪問した時点では、まだ展覧会の図録(冊子)は販売されていませんでしたが、見本がありました。
予価800円、12月中旬販売予定(奥付は2013年12月10日)。通信販売もあるそうです。
「中井英夫スペシャル」や「中井英夫―虚実の間に生きた作家 (KAWADE道の手帖)」では掲載されていない初公開資料等もありましたので参考に書いておきます。(記憶違いで既出のものがありましたら、すみません)。
【今回の目玉】2013年10月22日付け読売新聞で紹介された中井英夫から江戸川乱歩への『虚無への供物』完成を知らせる書簡。
(乱歩邸に50年間保管されていたのだなあ、と感慨深いです)
http://www.yomiuri.co.jp/book/news/20131022-OYT8T00398.htm
◆ 北海道の文学館ですから北海道関連内容として、
・1947年札幌滞在記(『黒鳥館戦後日記』に既出?)
・「札幌にて」未発表原稿
◆ 他に、写真とか図面とか、
・市谷の家の前の写真(なかなかハンサムに写っています)
・羽根木の家の間取り
・羽根木の書斎、書棚の写真
・乱歩の『貼雑年譜』の最終ページ(塔晶夫『虚無への供物』出版記念会の案内。私は未見ですが、複製版『貼雑年譜』では既出なのでしょうね。)
(ちなみに、展示品のうち冊子に掲載されていないものもあります。)