ごきげんよう、王子さま

青年のための読書クラブ

青年のための読書クラブ

このところ躍進中の桜庭一樹の新刊『青年のための読書クラブ』は、一言でいうとアンチ・マリみて小説である。たとえば、両作品の書きだしを比較してみようか。

 聖マリアナ学園は東京、山の手に広々とした敷地を誇る、伝統ある女学校である。幼稚舎から高等部までが同じ敷地内にある校舎で学び、大学のみが別校舎となる。沿革は十九世紀、パリにて設立された修道会を母体とし、二十世紀初めに修道女聖マリアナによって建てられた。(『青年のための読書クラブ』)

 私立リリアン女学園
 明治三十四年創立のこの学園は、もとは華族の令嬢のためにつくられたという、伝統あるカトリック系お嬢さま学校である。
 東京都下。武蔵野の面影を未だに残している緑の多いこの地区で、神に見守られ、幼稚舎から大学までの一貫教育が受けられる乙女の園。(『マリア様がみてる』)

 彼女たちは柔らかなクリーム色の制服をまとい、下は三歳から上は十八歳まで、しずしずとこの学び舎に通った。黒髪を短く切り、もしくはきっちりと三つ編みにまとめ、いずれ劣らぬ清楚でたおやかな様子であった。(『青年のための読書クラブ』)

 汚れを知らない心身を包むのは、深い色の制服。
 スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻らせないように、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。(『マリア様がみてる』)

マリアナの王子制度が、リリアン姉妹制度を模していることも明らかだろう。桜庭は本書で、『マリみて』のある意味モラトリアム的な世界観を存分にパロディして、神聖冒瀆のかぎりを尽くしている。
マリみて』の物語が、学園生活を無時間的なアルカディアとして描きだすのに対して、本書は「我もまたアルカディアにあり」と言わんばかりに、学園内の事件を、その外にある社会の変転と併走させる。たとえば第一次世界大戦、あるいは大学紛争、はたまたバブル経済。果ては滅びの予感に満ちた近未来や、地球温暖化によって亜熱帯化した日本列島といった按配。
もっとも、個別具体的な歴史に繋ぎとめられた学園をめぐる刹那の連なりを描きながら、その背後に通奏低音として、少女という久遠なる存在を見はるかす手管は、やはり桜庭一樹の定番といえるだろうか。そのように考えてみれば、本書もまた『マリみて』と同じテーマを裏側から描写しようとした試みなのかもしれない。