鍋の中の妖怪

 暑い……今日は、暑いね。
 こういう日は、カレーライスだ! 千葉真一の顔が脳裏をよぎる――
 と、いうことで……カレーを作り始めたのだが、冷蔵庫に残っていたカレー・ルーのパッケージを見ると、S&Bのやつだった。瀬古利彦の顔が脳裏をよぎる――瀬古のクールな表情だけならよかったのだが、苦しそうに顔を歪めた宗兄弟のイメージが芋蔓式に思い浮かんだ……うぅむ、暑苦しい(古いネタで申し訳ない)。
 古いネタといえば、カレーを煮るベースは、洋風肉じゃがとか、チキンのトマトソース煮とか、ハンバーグのソース用にマッシュルームの水煮が加えられたりとか……一週間ほど前から、色んなものが足されて煮詰められては余り、冷蔵庫に押し込まれては熟成された鍋の中のドロリとした“何か”である。よく言えば、田中家秘伝のソースだが、なんだか古びた雑多な食材の残滓と調味料が融合した妖しいモノだ。
 以前、「本格探偵小説――シジフォスに朝はまた来る」(2000)で京極夏彦を論じた時に、こう書いた。

観念の錯綜関係が、抽象化されず、象徴化を阻まれ、人間界に澱のように具象化されてしまう。その澱を“事件”とも“妖怪”とも言い換えることができる……いや、京極は、まさに、そのように言い換えているのだ。

 これを敷衍すれば――その“何か”は、食材の混合物が、料理として完成されることを阻まれ、ゴミとして処分されることもなく、鍋の中に澱のように具象化された、まさに妖怪といえるだろう。

 で……それは美味しいのか?