缶の中の妖精

 コロボックルかぁ……
 と、いうことでもあるし……私は、ちょっとしたフェアリーテールを一つ披露しよう。「冷蔵庫の中の幽霊」「鍋の中の妖怪」と、自炊ネタを続けてきたが……今回で、三部作の完結篇。
 自炊における問題の一つは――やはり、調理しながら酒を飲んでしまうということなのだ。焼き物や炒め物だと、それほど問題は顕在化しないのだが、“煮る”となると……
 例えば、この前、角煮用の豚肉を買ってきて、残り物のアスパラと蕗を合わせて和風に煮込んでみたのだが……時間がかかる。何せ料理素人だから、鍋の様子が気になって放っておけず、赤ん坊を見守るように覗きに行っては……肉を無駄に引っくり返したりなんかしながら……発泡酒を飲んでしまい……結局、料理が出来上がる頃には、アペリチフの過剰摂取状態……つまり、こっちも出来上がっていたりするのだ。
 発泡酒の缶の中にはアルコール(酒精)という妖しいスピリッツ――“妖精”が潜んでいて、この妖精にかかると、流石の田中さんもメロメロで、食欲も失せたりなんかして、せっかく作った料理が残っちゃったりするわけだ。
 まったく、この妖精は悪戯者で、色々と私の生活に介入してくる(そういう意味では、コナン・ドイルに負けていない)。少なくとも、妖精の力を借りないと文章が書けないし……まぁ、長い付き合いで……考えてみると、ここ10年以上、毎日欠かさず妖精と戯れているはずだ。他のことについては散文的で唯物論的な田中博だが、このことに関しては必然的に一種のスピリチュアリストであって、儀式のように夜な夜なビールの缶を開けては妖精を呼び寄せている。
 ちなみに、去年の夏から麦酒日記をつけてみたのだが――先日、一年を経過した。結果報告……飲んだビール(実は主に発泡酒)の量は、990,772mlで、一日平均では……約2.7リットルということになる。
 アル中? 缶を開けて飲み干すだけで、ハイになれる……悩みも消える。LSDより甘く、ミステリ読むより強く――私の心を揺さぶる麦酒。モノ喰わずに飲んでるだけで、すぐ日付が変わってしまう。飲みたくなったら麦酒……眠たくなっても麦酒……次から次へと重なる空き缶――出勤できないことがたまにあるし、もしかしたら……もしかしたら、そうなのかもねぇ。それでもいいや……近頃少し会社の仕事に飽きたところだし……
 うぅむ……今日の妖精は阿久悠の顔をしている。確かに、お盆だけれど……まだ四十九日も済んでないはずだし、新盆ってわけでもない微妙なとこだよなぁ……行き場に困って、田中の所に来たのだろうか……
 あ……そういうのは、妖精とは違うか? うぅむ……折口信夫を読み直そう……