ちょっとこわい?ピーター・ラビット

 幼い頃、あまり定番の名作絵本に接した記憶がないので、3歳の娘のために「ぐりとぐら」やピーター・ラビットを読んでやるのは、自分にとってもなかなか新鮮な経験です。とくに、ピーター・ラビットのシリーズには、結構ミステリふうの話が混じっていて、それも驚きでした。
 われわれが親しんでいる類型にあてはめていえば、「キツネどんのおはなし」は、巻き込まれ型の犯罪小説でしょうか。悪党のアナグマ・トミーに子供を誘拐されたウサギたちが、キツネどんとトミーの抗争に乗じて奪還をはかる物語。挿絵も文も、ディケンズやホームズものに出てきそうなトミーたちの悪党ぶりを生き生きと描いていて楽しい。
 キツネどんは「あひるのジマイマのおはなし」にも悪役で登場しますが、こちらは、「飛んでる女」になりたいジマイマが(文字どおり空を飛ぶ場面もある)、キツネに騙されて悲惨な運命をたどります。ラストでジマイマは一応助かるものの、作者は彼女に自分の愚かしさを自覚させないままで物語を閉じるので、苦いというか、ちょっと暗黒な後味が残ります。
 『毒薬の小瓶』など、ささいな行き違いの連鎖から生まれるサスペンスは、英米ミステリの得意技ですが、そんなすれ違い劇が「パイがふたつあったおはなし」。友人のリビーからお茶会に招かれた犬のダッチェスは、鼠のパイをご馳走されるのではないかと心配します(だってリビーは猫だもの)。そこで、ふたりがお揃いのパイ皿を持っていたのを幸い、ダッチェスは自分で作った肉のパイと、リビーの作ったパイをすり替えようとするのですが…。この作品の見所は、トリックを仕掛ける立場だったはずのダッチェスが、自分の予期しない方に事態が展開してパニックに陥るところです。上流夫人気取りのふたりの滑稽なやりとりが、それをうまく彩って、大いに笑える一編。
 本格ものに近いのが、「ひげのサムエルのおはなし」です。これは館もの(笑)。子猫のトムが家の中で姿を消し、お母さん猫が探しまわる話なのですが、前半で失踪前後のいろいろな出来事を描き、後半で、真相を物語るという構成になっています。本格風味なのは、前半の断片的な出来事が実は真相に照応していたと、徐々にわかってくるところですね。おかしなところに目撃者が隠れているのはちょっとカーみたい。それに、前半(いわば事件編)と後半(いわば真相編)で視点を変えて二部構成にするのは、ガボリオ、ドイル、メースンといった古い探偵作家のスタイルを思わせるところでもあります。
 むろん、ミステリの面白さを期待して読んでもらっても困るのですが、それにしても、われわれが「ミステリらしい」特徴だと認識している筋立てや技巧が、結構こうした物語の中に見出されるのはなぜなのでしょうか。それらは、実はミステリ特有なのではなく、面白いお話を語ろうとする試みの中で生まれ、「面白いお話の遺伝子」としてあちこちに出没するものかもしれないとふと思うのです。