O嬢の帝都物語

伯林星列(ベルリン・コンステラティオーン)

伯林星列(ベルリン・コンステラティオーン)

二・二六事件が成功した架空の世界史を舞台に繰り広げられる物語。架空戦記を思わせる設定だし、あるいは、登場人物表に並ぶ北一輝や、地政学者カール・ハウスホッファーといった実在の人物の名前から、荒俣宏の伝奇大作『帝都物語』を想起する読者も多いかもしれない。
しかし、そうした展開に並行して描かれるのは、叔父の姦計によって性奴に堕とされた美少年、操青をめぐる性の狂宴(オルギア)である。ナチスの抬頭せる伯林を舞台とするエロスと死の絵巻……といえば、皆川博子の諸作品が連想されるが、本書のそれはより直截にポルノグラフィックである。
エピグラフに記された「Eros is a dark god.(エロスは黒い神なのです)」が雄弁に語るように、本書の霊感源にはA・ピエール・ド・マンディアルグの『城の中のイギリス人』がある。実際、『伯林星列』の主要登場人物マウントアース伯爵の名前は、『城の中のイギリス人』から借用されたもの。このエロティックな物語を邦訳した澁澤龍彦は、訳者あとがきで次のように説明している。

本書の主人公モンキュMontculには「臀の山」の意味があり、マウントアースMountarseはこれをそのまま英語にしたものだ。

ただし、マンディアルグの作品がサディストの視点から暗黒のエロスを綴るのに対して、被虐の悦びに目覚めてゆく操青少年の運命を描写した本書はむしろ、ポーリーヌ・レアージュ『O嬢の物語』に近しい印象がある。
それにしても、読者に上半身と下半身を交互に酷使させる物語である。操青を人身御供とした性の地獄が延々と続くかと思えば、今度は、ナチスドイツが策動しソ連に粛清の嵐が吹き荒れる世界情勢を背景に、列強のパワーバランスに関する思索が絶え間なく連なる。物語はピストンのようにこの二極の間を往復するだけで、ラストに向けた盛り上がりはあまりみられない。むしろ作者は、クライマックス(絶頂)を意図的に遅延させている。それでも、小説はどこかで結末に到達せねばならない。その遣り口はまさにデウス・エクス・マキナ機械仕掛けの神)さながらである。何しろ、この物語に結末をつける存在は、ヒンデンブルク号とともに空から降りてくるのだから。
ちなみに、性宴と言論の無限連鎖といえば、ここで想起すべきは、マンディアルグでもレアージュでもなくD・A・F・サドかもしれない。しかし、よくよく考えてみれば『城の中のイギリス人』も『O嬢の物語』も『悪徳の栄え』をはじめとするサドの諸作品も、すべて翻訳者は澁澤龍彦であった。あらためて、澁澤の影響力の大きさには驚かされる。