娘が語る渡辺啓助
4月16日の推理作家協会・土曜サロンのゲストは、渡辺啓助の娘で画家・ギャラリストの渡辺東さん。いろいろと伺った中から、個人的に特に印象に残った話を覚書として残しておく。
渡辺啓助はたいへん遊び好きだった。弟の温とともに「瀕死の白鳥」を踊ったり、柳家三亀松の真似をして都々逸を唸ったり。自分で作詞作曲した歌を歌うことも。ただし音痴。ある人の家で、声楽家の歌を聴く集まりがあったときには、東さんが聴いている横で一緒に歌われて閉口したとか。
子供たちによく見せたがった得意技は、生卵を呑んで、それをまたそのまま出してみせるという人間ポンプ。見たくないが、見ろ見ろというので仕方なく、よく並んで見させられたそうである。
子供たちの学校の宿題に絵や作文があると、しばしば自分で描/書いてしまったという。普通バレるだろうと思うのだが、絵が賞を穫ってしまったことなどもあるそうだ。ああ、どれだけの未発表作が……。
また、独自の造語をさも当たり前のように使うので、子供たちもそういう言葉が本当にあるのだと思いこみ、作文や日常会話で使ってしまって周囲を困惑させることもしばしばだったとか。例えば、口いっぱいにものを頬張って喋れないような状態を「はばける」、猫が仰向けになって、撫でてもらおうと腹を晒している状態を「くーるぱんか」など。ひょっとしたら作中にも、そうした言葉が紛れ込んでいる可能性が……。
子供たちに対して読書を勧めることもあり、東さんは『ルパン』を読めとか(『ホームズ』はすでに自分から読んでいた)、『ドン・キホーテ』(子供向けでなく一般訳)を読んで絵に描けとか言われたりしたそうだ。
また、東さんが友達から勧められた本を読んでいると取り上げて読み、面白かったら蔵書印を押してしまうことも。ちなみにその印影は「渡辺の本」。そのまんまだ。
そのまんまのネーミングがもうひとつ。
A2版ほどの大きさの箱に、友人から送られた本から土地の権利書まで、大事なものをいろいろと詰め込んであった。その名も「啓助大事箱」。
啓助は近所の飲食店を見るのも好きだった。ただし、店に客としては入らない。散歩中に、店の前に立ってじっと中を「観察」する。そして、帰ってくると
「あの店には最近あまり客が入っていないから、友達を連れて行ってこい」
などと東さんに命じるのであった。
この観察と世話好きが発揮されたのが麻雀。自身は打たないにもかかわらず家には牌があり、卓を囲む客にかいがいしくお茶を出したりして世話を焼きつつ、打っている姿を見ているのが楽しかったらしい。
山田風太郎がブーブークッションと、うんちのおもちゃを欲しがっていると知った啓助はプレゼントしようと思い立ち、うら若き乙女であった東さんに(またも)命じて銀座まで買いに行かせたのであった。うんちとおならを……。
人付き合いのいい啓助は作家仲間以外にも、いろいろと交流があった。例えば、住んでいる雪ヶ谷周辺の著名人が集う〈ソウソウ会〉(東さんにも字は不明だとか)では、プロ野球の水原茂や俳優の栗島すみ子、伊豆肇などとも親交があったそうである。
東さん自身も個人として、また画家として今日泊亜蘭、中井英夫、鮎川哲也などと交流がある。
今日泊亜蘭は、来客に手ずから豆を挽いてコーヒーを入れ、歌を披露などするが一度に招かれるのは4人まで。カップが4つしかないから。
鮎川哲也に食事をご馳走になったときには、前から食べてみたかった牛タンシチューを頼んだところ、
「嫁入り前の若いお嬢さんが食べるようなものではありません」
と叱られた(なんで?)。
ちなみに現在も横溝正史、高木彬光、中薗英助などのお嬢さんたちと交流があるとか。これはぜひ座談本を!