ハチミツとクローバーと同潤会
『ハチミツとクローバー』のDVDが発売になった。登場人物みんなが片思い、という美大生の青春映画である。この映画の何がよかったって、今はなき同潤会三ノ輪アパートが美大生たちの寮として使われていることだ。取り壊し直前の撮影のため、壁やドアにペイントするということもできたそうで、登場人物の部屋にしても各キャラクターにあった内装が施されている。
同潤会アパートは住民同士のコミュニケーションのための共用空間が充実していることが特徴としてあるけれど、映画でも寮生は何かと集まっていて、中でも屋上のテラスでの焼き肉パーティの場面なんて、微妙な感じにローテンションの盛り上がりでいい感じだ。原作では木造アパートが寮だったけれど、同潤会アパートも志を同じくする大学生の住まう場として似付かわしいと思う。
同潤会アパートの登場するミステリといえば、戸川昌子『大いなる幻影』の大塚女子アパートメントがあって、篠田真由美の建築訪問記の『建築探偵桜井京介 館を行く』の中でも取り壊し開始直後の様子がレポートされている。
街の風景の中にとけ込んでいる建築は、住人だけのものではなく、街の生活者のものでもある。そのため街のランドマークであった古い建築の取り壊しの際には、住人以外からもしばしば反対の声が上がるが、老朽化して住みにくくなった建築に暮らす人の苦労を想像するに、愛着だけで古い建築を残すことは難しい。併せて、古い建築は取り壊すもの、というのが一般的な認識としてあるため、最後のところで、取り壊しは仕方がない、とあきらめさせられるのが現状だ。
とはいえ、古い建築は一律に壊されるものでもなく、現役で活躍するものもある。同潤会アパートや民間のアパート等の集合住宅の生い立ちから住まわれ方の変遷を書いた大月敏雄『集合住宅の時間』には、矍鑠とした粋な老紳士、老婦人のような魅力的な集合住宅が登場する。本書は「住宅建築」の連載を加筆したもので、執筆時から時間が経ったためにすでに取り壊された建築もあるが、未だ現役の木造アパートやリノベーションで再出発を図る求道学舎は、これからの低成長時代の建築のあり方を考える上で参考になる例だろう。ちなみに「Casa BRUTUS」2007年2月号では、男子学生寮であった求道学舎が、個室の壁を取り払って集合住宅に作り替えるリノベーションが完了した様子が紹介されており、エレガントな佇まいを見せている。