ハハマキ
『宇治拾遺物語』をやる予定だったのだが、同じ下ネタで先に片付けておきたいものを思い出したので、まずそれから。
むかし、村上春樹だったか村上龍だったかが、motherfuckerにあたる訳語のないことを嘆いていた。現代日本には、いきいきとした罵倒の語彙が乏しいというわけである。
しかし、いにしえに遡ってみれば、わが国語も捨てたものではないらしく、どんぴしゃmotherfuckerに相応する言葉だって立派に存在していた。ハハマキ、あるいはオヤマキがそれだ。漢字で書けば、母枕き、親枕き。マキが枕をともにする意味であることはいうまでもない。まず、『古今著聞集』に収められている「枕き」の例を見てみよう。
○
ある蒔絵師が貴婦人から招かれたとき、平仮名ばかりで返事の手紙を書いた。いわく、
いまこもちをまきかけてさうらへは
まきはてさうらひてまいりさうらふへし
漢字を交えて書き直せば、
今御物(ごもち)を蒔きかけて候へば
蒔き果て候ひて参り候ふべし
つまり、「ご依頼の物に蒔絵を施していますので完成したら行きます」という文意である。ところが、彼はさんざんに叱り飛ばされてしまう。手紙を受け取った貴婦人側はこう読んだからだ。
今子持ちを枕きかけて候へば枕き果て候ひて参り候ふべし
まあ、お下劣!
○
さて、肝心のmotherfuckerであるが、同じ本に、こんな話が収められている。
聖覚法印が工事現場のかたわらを通りかかった。法印といえば結構な位だから、彼も輿に乗り、護衛の荒法師を従えて粛々と進んできたのである。ところが、ちょうど工事人夫たちは聖覚の噂をしている最中で、「おまいら、聖覚の説教聴いたか?」といった言葉の端をボディガードに聞きとがめられた。主人を呼び捨てにされ、キレてしまった荒法師、人夫たちを睨みつけて罵るよう、
おやまきの聖覚や。ははまきの聖覚や。
そのこころは、
「聖覚」だとお、糞ったれな呼び方をしやがって、
といったところだが、当の聖覚、なんだか自分が罵倒されてるみたいだったと苦笑いしたそうだ。
あ、今つい「糞ったれ」と訳してしまったけれど、ほんとはどう訳したらいいんだろ、ハハマキ。