本棚のはなし
たいていの商品は、消費者のニーズに合わせて、品質が向上するものだが、なぜか、本棚というのは、帯に短し襷に長し、というか、四六に短し文庫に長しというようなものが多い。本のサイズは概ね決まっているのに、ちょうどいいサイズのものがないのが不思議だ。
文庫用の本棚が欲しくて、機会を見つけては通販サイトを検索していた。それで1cmピッチで棚の高さを設定できるという文庫用本棚を見つけたが、ユーザーのコメントを見ると、文庫の高さに設置するとセットの棚板の数では足りず、しかしながら追加棚を購入できない不満が書かれていて、消費者のニーズに応えきれない商品にがっかりしたり(ここを改善すればいい商品になるのになあ)。
「清く正しい本棚の作り方」という素敵なサイトも見つけたが、自ら作るというのはそれなりにハードルが高く、頭の片隅においておくに止めた。
で、ようやく見つけたのが、無印良品の「組み合わせて使える木製収納」の奥行きが14cm、高さ212.5cmのもの。2枚の棚板を追加購入すると11段分の文庫棚になるのである(最上段のみ新書の高さ)。
裏板が薄くてベコベコしているのはちょっと期待にそぐわなかったが(乾燥したらぴったりするのかもしれない)、外枠がしっかりしていて、本棚自体が保ちそうなので、とりあえずは購入条件はクリアしてひと安心である。
文庫本は、小説は作者名50音順に並べているのだが、購入時期によって別のエリアに分散して、分かりづらくなっていたので、新しい棚を使ってきれいに並べ替える予定である。曖昧になっている順番がきれいになるのを想像するだけで、ちょっと幸せになれるのはお手軽な性分だな。
レッツゴー仮面ライダー
先日、妻が仕事で出かけた隙を盗んで『レッツゴー仮面ライダー』を観てきた。思い出に泥を塗られたような『オールライダー対大ショッカー』と同じ監督・脚本コンビなので少々不安だったのだが、あちらが平成ライダー10周年だとすれば、こちらはライダー生誕40周年。あまり不敬なことも出来なかったようだな。
まあ、映画としては正直かなりグダグダですよ。歴史の修復→失敗→修復→失敗の単なる繰り返しだし、複数の時間軸やグループ単位の連関も悪いし。
でもね、お祭りだから。『スター・ウォーズ』EP3が単体としての出来は「?」でも後半、画面がEP4に向かってどんどん遡っていく、ただそれを見ているだけで27年間という時間が幸福に埋められていくように、『レッツゴー仮面ライダー』は子供時代の記憶を40年間義理堅く持ち続けた、あるいは今でも思い出すことが出来る中年男どもへの、ささやかなご褒美である。
仮面ライダーが倒され、ショッカーによって支配された世界の暗黒の40年間はそのまま、もし『仮面ライダー』がなかったら自分の生はどうなっていたか、の暗喩にほかならない。
もちろん、『仮面ライダー』がなくたって生きてはいけたろう。だが少なくとも、自分の背骨が何対か欠けていただろうことは確かだ、いやマジで。
それは、ライダーなき世界のスラム(その描写は今や、図らずも負のリアリティを持ってしまった)に生きる希望なき少年たち――ネガとしての少年仮面ライダー隊のリーダーが「ミツル」と「ナオキ」それに「シゲル」であると判明するあたりで明確になる。
そして、彼らの前に登場する“悪”の仮面ライダー1号&2号に、あの“ショッカーライダー編”(TVも原作も)が重なって見えれば、ノスタルジー発動だ。
たとえショッカー首領や2号ライダーの声に老いを痛感しようとも、やっぱり本物なんだよ。1号ライダーだってV3だって、ジェネラルシャドウだってそうだ。さらには画面の端々で蠢く再生怪人たち(どうしてシオマネキングってやけに目立つんだろう。いや好きなんだけどさ)も、記憶(ノスタルジー)を刺激する。
そう思って見れば、メダルを取ったり取られたりの(グダグダな)攻防さえも『ライダー』名物の、いや東映娯楽劇のお家芸、さらに言うなら日本の伝統を受け継いだ伊上勝の作劇テイストではないか。
そして、倉庫の中でショッカーに取り囲まれたミツルとナオキの危地に「待ていっ!」と“あの”メロディと共に飛び込んでくるダブルライダー! その瞬間、40面下げた中年男は平日昼間、ガラ空きの映画館で涙ぐんでしまったんである。
40年――自分の人生とほぼ等しい時間を経て再現されたあの頃そのままの一場面、映画のストーリーそのままのタイムスリップはもちろん当時のものではなく、今作られた映像である。ライダーもショッカー怪人も少年ライダー隊も、新たに“再生”されたコピー品だ(そのコピー行為自体もある程度感動的であるとはいえ)。しかし、そこに流れる“声”はまぎれもなく“本物”の仮面ライダー1号2号――本郷猛と一文字隼人!
生身の本郷&一文字=藤岡弘、&佐々木剛であれば、さすがに時の経過は隠せまい(老境のダブルライダーもまた、ぜひとも見たくはあるけれど)。だが、新スーツに“声”ならば、多少の衰えには目をつぶって、あの頃のライダーが甦ってくる。仮面ライダーが不死身の「改造人間」であることが、メタレベルで実現されるわけだ。
こうなればもう、後はいかに展開や演出が大雑把であろうと――ダブルライダーの洗脳の解き方、クライマックスの総登場におけるライダー一人一人の見得の切り方やエキストラの軽さ、あの脱力の突撃フォーメーションでさえも、許そうという気になってくる。
ライダーの永遠性を巡るデンライナー・オーナーの宣言にしても、気恥ずかしく思いながらも、どこか素直に感動している自分がいる。
そして、ダブルライダーから後に続く者たちへの温かく力強い檄――そこには、自分の中のポジティヴな“子供”の部分を、次代へと継承させていく“大人”の決意がある。恥ずかしながらこのときほど、俺は自分が子供を持っていないことを残念に、また後ろめたく思ったことはない。
「ヒーロー番組は教育番組だ」とかつて喝破したのは、今回2役のヒーローを演じた宮内洋だが、この子供向けの春休み特撮ヒーロー映画は、“子供”であり続けながら“大人”になる途を、我々ボンクラ中年に指し示す。やっぱり仮面ライダーは、いつだって俺たちに背骨を通してくれるのだ。
――でも、どうしても抑えられない不満をちょっとだけ。
71年11月なら、ブラック将軍じゃなくてゾル大佐だよね。ストーリー上からも、進まぬ日本制圧のテコ入れに送り込まれた幹部第1号の大佐こそ、コインを手に入れライダー打倒を成功させるにふさわしいと思うんだが、ひいきの引き倒しですか?
あと、タックルを入れてやって。
仮面ライダー対大邪神軍団
仮面ライダーとクトゥルーをはしごするという、ダメな大人の休日を満喫した。
まずは日本橋三越で開催中の仮面ライダー展。連休後半の初日だけあって、大きいお友達と小さいお友達でなかなかの混雑ぶり。
第1部は石ノ森章太郎の原画展示で、デザイン画や各種表紙画など(見覚えのある懐かしいものも多い)と共に、第1話の生原稿がずーっと並べてあって、つい読んでいってしまう。ベタの塗り具合とかペンの跡なんかが、光の反射で見えたりするのが生々しい。
第2部は、歴代ライダーが順番にずらりと勢揃い。ここは写真撮影可なので子供はもちろん、男子高校生(?)の2人組やらカップルの女子の方やらまでが、とにかく記念撮影をしまくり。昭和ライダーでお父さんが興奮して説明、平成ライダーになってくると「この辺から見覚えがあるなあ」と生意気な口調でチビが言う、といった親子があちらこちらに。
第3部は40人の現役漫画家によるトリビュート色紙の競演。いかにもなライダー世代や石森プロ関係者はもちろんだが、影丸穣也や一峰大二、原哲夫のライダーなんて見たいでしょ? 石井いさみや次原隆二のずらし方とか、尾瀬あきらがライダーよりも009だったりとか、見所いろいろ。個人的には中原裕のダブルライダーと、安彦良和のガンダムVSライダーがよかったなあ。
出口には、ショッカーの改造手術台を上から映したパネルがあって、その前で大の字に立つと誰でも改造中の写真が撮れるコーナーが。1人の俺はさすがにそこまでの度胸(ポーズ取るのも誰かにシャッター頼むのも)はなく、正直羨ましかったです。
出口の物販で図録と、オリジナルのクリアファイルにノートを買って(大きいお友達用のオリジナルグッズがあってほしかったな)、次は銀座のヴァニラ画廊の『邪神宮』へ。
誰かしら知り合いがいるだろうと思っていたら、いきなり入り口で森瀬繚さんとばったり。会場にいたら角銅博之さんもやってきた。
展示は井上雅彦の粘土造形から伊藤潤二や児嶋都のイラスト、京極夏彦の書までヴァラエティ豊か。俺としては、一番ビンビンきたのが天野行雄の「九頭竜」。「ダンウィッチの怪」を水木しげるが翻案した「地底の足音」の作品世界をさらに継承して、大学の民俗学教授が収集した異形の民芸品、という設定。調査報告も付されていて、こういう凝った遊びはやはり現物で見たいよね。
物販の方は、伊藤潤二のラヴクラフト・イラスト入りマグカップがお目当てだったんだが、和綴じの古書風邪神小説『輪轉』(治田豪和)と、レン高原クロフン族のブローチ(山下昇平作)に目がいってしまい、そちらに変更。量産型クトゥルー像にも惹かれるが、今の俺には高すぎ……。
実はこの日は岩井志麻子・黒史郎・東雅夫らによるトークイベントがあって、本当なら聴いていきたかったんだけど、同じ時間に打ち合わせが入ってしまっていたので泣く泣く会場を後に。後で知ったところでは、井上雅彦や京極夏彦も登場したらしい。濃い話が展開されたんだろうなあ。心ある有志の詳細なレポートを望みます。お願い!
恙なく打ち合わせの終了後、ハッピーセットのおまけが仮面ライダーなのを思い出してマックに入ったら、一発でスペシャル扱いのゴールデン1号が出ちゃったよ。光センサーでサイクロンの爆音が鳴り響くギミック付き。何だか今年前半の運を無駄遣いした感じだ――ってショボい運だけど。
というわけで連休の予定は終了。あとは中旬襲ってくる〆切4連チャンに向けて、ひたすら並行作業である。ああ、ある意味生きている実感が……。
娘が語る渡辺啓助
4月16日の推理作家協会・土曜サロンのゲストは、渡辺啓助の娘で画家・ギャラリストの渡辺東さん。いろいろと伺った中から、個人的に特に印象に残った話を覚書として残しておく。
渡辺啓助はたいへん遊び好きだった。弟の温とともに「瀕死の白鳥」を踊ったり、柳家三亀松の真似をして都々逸を唸ったり。自分で作詞作曲した歌を歌うことも。ただし音痴。ある人の家で、声楽家の歌を聴く集まりがあったときには、東さんが聴いている横で一緒に歌われて閉口したとか。
子供たちによく見せたがった得意技は、生卵を呑んで、それをまたそのまま出してみせるという人間ポンプ。見たくないが、見ろ見ろというので仕方なく、よく並んで見させられたそうである。
子供たちの学校の宿題に絵や作文があると、しばしば自分で描/書いてしまったという。普通バレるだろうと思うのだが、絵が賞を穫ってしまったことなどもあるそうだ。ああ、どれだけの未発表作が……。
また、独自の造語をさも当たり前のように使うので、子供たちもそういう言葉が本当にあるのだと思いこみ、作文や日常会話で使ってしまって周囲を困惑させることもしばしばだったとか。例えば、口いっぱいにものを頬張って喋れないような状態を「はばける」、猫が仰向けになって、撫でてもらおうと腹を晒している状態を「くーるぱんか」など。ひょっとしたら作中にも、そうした言葉が紛れ込んでいる可能性が……。
子供たちに対して読書を勧めることもあり、東さんは『ルパン』を読めとか(『ホームズ』はすでに自分から読んでいた)、『ドン・キホーテ』(子供向けでなく一般訳)を読んで絵に描けとか言われたりしたそうだ。
また、東さんが友達から勧められた本を読んでいると取り上げて読み、面白かったら蔵書印を押してしまうことも。ちなみにその印影は「渡辺の本」。そのまんまだ。
そのまんまのネーミングがもうひとつ。
A2版ほどの大きさの箱に、友人から送られた本から土地の権利書まで、大事なものをいろいろと詰め込んであった。その名も「啓助大事箱」。
啓助は近所の飲食店を見るのも好きだった。ただし、店に客としては入らない。散歩中に、店の前に立ってじっと中を「観察」する。そして、帰ってくると
「あの店には最近あまり客が入っていないから、友達を連れて行ってこい」
などと東さんに命じるのであった。
この観察と世話好きが発揮されたのが麻雀。自身は打たないにもかかわらず家には牌があり、卓を囲む客にかいがいしくお茶を出したりして世話を焼きつつ、打っている姿を見ているのが楽しかったらしい。
山田風太郎がブーブークッションと、うんちのおもちゃを欲しがっていると知った啓助はプレゼントしようと思い立ち、うら若き乙女であった東さんに(またも)命じて銀座まで買いに行かせたのであった。うんちとおならを……。
人付き合いのいい啓助は作家仲間以外にも、いろいろと交流があった。例えば、住んでいる雪ヶ谷周辺の著名人が集う〈ソウソウ会〉(東さんにも字は不明だとか)では、プロ野球の水原茂や俳優の栗島すみ子、伊豆肇などとも親交があったそうである。
東さん自身も個人として、また画家として今日泊亜蘭、中井英夫、鮎川哲也などと交流がある。
今日泊亜蘭は、来客に手ずから豆を挽いてコーヒーを入れ、歌を披露などするが一度に招かれるのは4人まで。カップが4つしかないから。
鮎川哲也に食事をご馳走になったときには、前から食べてみたかった牛タンシチューを頼んだところ、
「嫁入り前の若いお嬢さんが食べるようなものではありません」
と叱られた(なんで?)。
ちなみに現在も横溝正史、高木彬光、中薗英助などのお嬢さんたちと交流があるとか。これはぜひ座談本を!
文学フリマ御礼
数日遅れになりますが、文学フリマではたくさんの方にお越しいただきましてありがとうございました。おかげさまで大盛況でした。
『CRITICA』ならびに『市川尚吾作品集』の今年(2010年)の直接販売は、これで最後になります。
冬コミは……無念の落選となってしまったのです。甲影会さんに5号のみ、委託販売をお願いしております。
なお、通信販売は引き続き行っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
日乗報告ですが、羽住は完全に昼夜逆転した生活を過ごしていて、季節感がまったくありません。夏なんてあったのですね……秋はどこに行ってしまったの? と素で感じています。
今月こそはイルミネーションを見て、クリスマスはサンタ衣装を身に着け、大晦日はジャニーズライブを観ながら年を越し、お餅を食べられるお正月を迎えたいところです(お餅好きじゃないからほとんど食べないのですがね)。
その前に、日曜日の忘年会が楽しみだー。飲みまくるためには、お仕事を早く進めねば。
『2011本格ミステリ・ベスト10』も発売中です。書店でお見かけした際は、どうぞお手にとってくださいませ。